なんだかなぁ

青森県六ヶ所村の全4600軒には各戸に無料のテレビ電話があるそうで、普段は村内の連絡に使われているらしい。電話のようにも使えて村内は無料。でも本当の目的は災害時の緊急連絡。けれど、昨年の震災時には停電で使えなかったそうである。全くばかばかしい。災害時用のはずのものが停電で機能しない?はぁ?。でも、こないだの原発事故だって同じようなもんだ。私は仕事で、この六ヶ所村のテレビ電話の件と同じ、原発の補助金に関わっていたたことがある。彼ら(具体的に誰とは考えず)は最近あちこちで批判されている通り、ただ、国がくれるって言うから、もらえるもんは何でももらっておこうと思っているだけ。なんでも言訳が立つとお金がもらえる。このテレビ電話だって、きっとテレビ電話が欲しいと思った人が「あ、そうだ。災害時の連絡用だって申請すれば、ただでもらえる!」と思いついたに違いない。私の知っている関係者は毎日昼休みに広い敷地内でテニスをしていた。昼過ぎに訪問すると「あれ?今日だったっけ?」と慌てて支度をして会議室へやってくる。ある日、「テニスの後にシャワーが浴びたいから、非常時の洗浄用だって理由でシャワールームの申請をしたら断られた」と悔しそうにしていた。非常時とは原発事故が起った時のこと。もし事故が起ったら放射性物質を洗い流すためにシャワーが必要?。信じられる?。
彼に限らず、原発のある街の人たちは今までいろんな形で恩恵を受けている。以前いろんなところへ行って訊ねてみたが、私の知る限り、<普通の人>はみんな喜んでいた。
最近、原発ゼロ運動が盛んだけれど、どうも私にはしっくりこない。今までは「絶対事故なんか起らない。」「そんな縁起の悪いことを考えるはよくない」って事故のことを語るのはタブーだった。のが、一転、「全部なくしてしまえばいい」って、どっちも短絡的すぎるように、私には見える。もう既に使用済み燃料がたくさんある。全部稼働しなくなればそれで済む問題ではない。どうしてもっと冷静に、大人らしい、現実に向き合った話にならないのか。

あー、なんかややこしいことを書いてしまった。この話題を書き始めたせいで最近文字が進まず、結果、ブログをさぼるハメになってしまった。
写真は先日の北京の夕景。煙ったビルがいかにも北京らしい。

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