『パリ、テキサス』

IMG_9267iTunesで、ナスターシャ・キンスキーの顔と「パリ,テキサス」のタイトルを見つけ、懐かしかった。懐かしい。高校生の頃か?この映画。何度もタイトルとこのビジュアルを見すぎていて、果たして映画を見たのだったか、よく思い出せない。いや、見ていないはずだ。見てみると、やっぱり見ていなかった。
感想を一言でいうなら、辛かった。この2人の愛の形が辛い。今、見てよかった。当時に見ていたら、きっとこの2人の愛を理解できなかっただろう。
主人公の男は、彼女と暮らした後、多少荒んだ暮らしをしていたとはいえ、しょぼすぎる。映画の冒頭、砂漠の中を放浪する彼が突如登場する。そして間もなく倒れる。私はそこまで見ても、彼がこの映画の主人公だとは解らなかった。それほどに、しょぼい。で、相手はナスターシャ・キンスキー。だとすれば、いくら愛していると言われても、いくら2人の暮らしがハッピーでも彼女の愛を信じることはできないだろう、と、そんな風に思わせるキャスティング。
男は彼女を愛していた。愛しすぎた。嫉妬し、妄想で気が狂いそうになる。彼女もある時から生活に不満を募らせる。けれど、彼女も実は彼を愛していた。愛しすぎるほどに愛していた。愛し合う2人が、結局は離ればなれになった。
彼は4年ぶりに会った彼女に、かつての自分の愛について話すものの、また一緒にやり直そうとは言わない。彼女も、この4年間、どんなに彼のことを思っていたかと告げる。そして、子供に会うことを約束する。けれども、一緒に会おうとは言わない。また3人の暮らしに戻ろうとも言わない。
映画のラスト、彼は、子供を彼女に引き合わせ、自分は夜の闇に消えて行く。2人は愛し合いすぎた。2人は、一緒に幸せに暮らせないことを知っている。お互い、聞かずとも、それを解っている。
愛して、愛されて、でも一緒にいて幸せでないのは、愛して、愛されないより辛い。
その気持ちが蘇り、今日はとにかく辛い。

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