「華麗なるギャツビー」

IMG_2303思いつくままに映画の感想でも書くか。
「華麗なるギャツビー」といえば、去年だっけ公開されたディカプリオのが普通だと思うけども、その日はなんだか悠長な古いロマンチックな世界に浸りたくてロバート・レッドフォードの方を鑑賞。
この時代の超有名映画だ。でも見たことはなかった。私が子供の頃、ロバート・レッドフォードといえば一番の二枚目スターだった。わからないではないけれども。でも、今見ると、毛が生えてるなーと。なんというのか、現代のスターと比べると妙に生々しい。近づくと顔はしわしわだし。そんな歳でもないのに。アップになった手も汚い。なんというのか、ずいぶん普通な人だ。昔々の俳優さんというのは男も女もダントツの美しさがある。一般人とは明らかに違うって美人と美男。それが今ではブラピとかジョニー・デップみたいな、隣のお兄ちゃんタイプがスターになる時代。とは言っても、もちろん、隣にこんな男前はいないんだけど。と考えると、きっとロバート・レッドフォードてのは、その時代の境目の人なんだろう。この時代はアメリカ人だって脱毛しなくてよかったのか・・なんて。今見るととにかく、生身の人間ぽさが目に付く。私は生っぽいのが好きなんで、どっちでもいいことなんだけど。
さて、肝心の映画の感想は「こんな映画だとは知らなかった」ってとこ。
男はロマンチスト。女は合理主義者。
別れて7年(だっけ?)も経つのに会うこともできない彼女のことを一途に思い、彼女のために成功した男。ようやく彼女の前に現れると、それに対して女は「私も待っていたのよ、愛しているわ」というけれど、女の愛ってのは男と違う。不満の多い結婚生活からしばし逃避するためのロマンチックを愛しているだけ。その男を愛しているわけではない。でも、かわいそうに男にはそれが解らない。女ってのは往々にして、相手ではなくて、恋してることを愛する。そこにはまる。恋の相手がいれば、多少、どうであれ、恋の魔法にかかって夢見ていたい。夢が覚めないように自分にも暗示をかける。彼は素敵なんだと、時には自分を騙す。そうすれば恋していられて気分がいいからだ。そこには、相手の男は存在しないも同じこと。女はただ恋したいだけなんだから。かわいそうな男はそれに気がつかない。
もう一組も一途に女を愛する男。彼女は浮気が元で結果、死んだのだけど、それでも夫は彼女を愛していて、彼女なしの生活が考えられない。人を殺し、自殺してしまう。
もちろん、ロマンチストでない男も登場するのだけども。
見終わってつくづくと、男と女の愛は違うんだよな、と、しみじみ考えた。

写真はハノイのホテル前に停まるルノー。

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2 Responses to 「華麗なるギャツビー」

  1. hira says:

    それはシトロエンの往年の名車 とらくしおん あばん だ。訂正しておくように。

    • kat says:

      なに?びっくりしたよー。まさか見てたとは。笑
      ご指摘ありがとうございます。
      それより・・発注に行きましょ!ハノイ♪
      8月末くらいかな〜

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