生っぽいものがなくなっていくことへの心配

AS20141204000859_commL-1ジャポニカ学習帳から昆虫写真が消えたらしい。びっくりしたのは、今まであったのか!って方だけれども。
「昆虫が気持ち悪くてノートが閉じられない」などというような苦情が多かったせいらしい。確かに、あの写真は必要以上に大きくて詳細が生々しい。が、しかし。これが自然とか生命ってものなわけで、この、なんでもかんでもから「生っぽさ」を避けようとする流れが私は大嫌い。
人間もどんどんCGみたいになっている。実際のところ、写真は加工されているし、生身の身体もあちこちを改造する人が増えているから、CGみたい、ではなくて、CGに近づいているのは確か。そういう意味ではザハ・ハディドがもてはやされるのも、その流れに乗っている。それはさておき。
生き物って現実には、臭かったり、なにやら濡れていたり、虫とかもよく見れば見るほどむやみに質感がある。CGとはまるで違う。でもそれをまるで、じゃまなものみたいに、どんどんとなくしていこう、見ないようにしようってのは、おかしい。

いつか見たSF映画の話。世界丸ごと人工物で、全てがクリーンで、だから病気もなくて、みたいなそんな世界。そこではセックスもなくなっていて、「もよおす」と二人がそれぞれ椅子に座って(今から見ると)大きめのウエラブルデバイスを被る。するとたぶん直接脳に作用するようでお互いに「はぁはぁ」と興奮して・・・終わり。なんだそりゃ。その世界では人と人が直接体液をあわせるなんてことが不潔で野蛮だということになっているわけで。まさに今、こっちに進んでるなぁと思う。映画の最後、過去からやってきた野蛮人と初めてディープキスをしたヒロインが言う。「体液交換ってこんなに気持ちがいいって知らなかったわ♡」。
こんな時代がくるんだろうか。生身の「体液交換」が禁断のものになったりして。そっちの方が問題が大きくなると思うな・・・。

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